4/4(土)Morc阿佐ヶ谷にて、ロシア文学者、翻訳者の高柳聡子先生をお招きしたトークショーを開催いたしました。2019年からウクライナ侵攻直後までの激動のロシアを記録した本作の歴史的意義や、ジェナのパフォーマンスが持つ精神性について、専門的な知見から深くお話しいただきました。
Q:本作を鑑賞して、どのように感じられましたか?
A: 2019年の撮影開始からウクライナ侵攻直後まで、ロシアのリアルな変容が記録されており、歴史的にも非常に貴重な映画だと感じました。ジェナの鮮烈なパフォーマンスの背景に映り込んでいるロシアの空気そのものが、今となっては二度と撮ることのできない、歴史的にもとても貴重な映像です。
Q:ロシアへは頻繁に行かれていたのですか?
A: 以前は長期休みごとに毎年行っていましたが、私が最後に行ったのは2019年です。その後、コロナ禍で渡航が制限され、そのまま戦争が始まってしまいました。
Q. 作品を知ったきっかけは?
A. SNSで流れてきたポスタービジュアルが印象に残っていました。その後、日本でクィア・アートを紹介している方や、在日ロシア人の方々の紹介を通じて本作を知りました。
Q:ジェナのパフォーマンスには、実際どれほどの危険があるのでしょうか。
A:現在のロシアでは、こうした活動は一切不可能です。2013年に「同性愛宣伝禁止法」が成立した段階で既にその予兆はありましたが、2022年に法律がさらに強化・拡大されたことが決定打となりました。
ロシアでは男性が女性的な服装(スカートやハイヒールなど)をしているだけで暴力を受けるリスクが非常に高く、常に身の危険と隣り合わせの行為です。
Q:劇中ではジェナのLGBTQ+コミュニティの仲間が暴力を振るわれるなど、ロシアの「闇」も見えます。その背景は?
A: 2016年頃から「男性国家」という、男尊女卑やアンチフェミニズムを掲げる過激な集団が活動を始め、暴力をSNSに投稿して支持を集めていました。こうしたヘイトが、国家の法律(同性愛宣伝禁止法など)によって肯定されてしまうのがロシアの現状です。プーチン体制が立法を通じてこうした差別を助長してきたことが、暴力の表面化につながっています。
Q:ジェナは周囲から「男らしくしろ」と強制され続けてきたと語っています。劇中でも、短いパンツを履いていただけで祖父から叱責されるシーンがありましたが、ロシア社会でこれほどまでに「性別による役割」が強調されるのはなぜでしょうか。
A: ロシアは20世紀から絶えず戦争を繰り返しており、各世代が戦争を経験しています。戦争はジェンダーを完全に分け、「男は戦うもの」という役割をはっきりさせます。それにより、「男は男らしく」という意識が発動するのではないでしょうか。リーダーであるプーチンも若い頃は裸で筋肉を誇示し、強い男性像を刷り込んできました。
また、2022年に法律が強化された背景には、ウクライナへの侵攻開始により「誰が兵士(男)か」を明確にする必要があったこと、そしてジェンダーの平等を「欧米の思想による汚染」とみなす素朴な嫌悪感も働いています。
Q:劇中での印象的なパフォーマンスのシーンについて教えてください。
A: 裸の体に有刺鉄線を巻いて歩くシーンです。ジェナの故郷マガダンは、かつてソ連で最も過酷な収容所があった場所です。有刺鉄線を纏うことは、自分も痛いし、触れようとする相手も痛みを負うという表現。どんな衣装を纏っても自分を表現することができなくて、このパフォーマンスになったのではないでしょうか。
ジェナのパフォーマンスは、常に痛みを伴います。自身の心の痛みや理解されない苦しみを、身体的な痛みに変換して提示しているのだと腑に落ちました。
Q:リスクを冒して声を上げるジェナの存在は、周囲にどう影響していると思いますか?
A: 今は逮捕のリスクが非常に高く、多くのクィアな人々はセクシュアリティを隠して生きています。しかしジェナは「自分は生きている、存在している」と確認するために、リスクを冒してでも声を上げ、歩きました。ジェナの静かな行進は、同じように苦しむ人々にとって、一つの希望になっているはずです。
■ お客様へのメッセージ
ロシアが好きな方、あるいはドラァグ・アートに馴染みがない方にもぜひ見てほしいです。今はもう撮影すること自体が不可能な、当時のデモの様子などが収められた貴重な映像です。
合わせて、私が翻訳に携わったエレーナ・コスチュチェンコ著「私の愛するロシア」もぜひ読んでみてください。戦争前のロシアで、同性愛者たちがどのような状況に置かれていたかがよく分かります。この映画は、アートや反戦など、今のロシアが抱える全てが詰まった作品です。
ご来場の皆様、そして最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。
引き続き『クイーンダム/誕生』をどうぞよろしくお願いいたします!
